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第7回 世界絵画大賞展ロゴ画像

「第7回 世界絵画大賞展」 審査員の言葉

審査員長 佐々木豊(画家)

町田結香―不安な顔、時代の顔

目の前に賞候補作品が十数点並んでいる。

何度も篩いにかけられた力作だ。四人の審査員がこちら側に並んで向き合った。なんだか 集団見会のようだ。

「審査委員長、これからどう進める?」大きな声が当方に飛んできた。本江邦夫審査員からだ。 高名な美術評論家に、つめ寄られても、ここで、ひるんではいけない。それで、即答した。
「二つのやり方があります。一つは各人が大賞を推して演説する。もう一つは私のベスト3を選ぶ。 重複ありで」
後者で、となり各人に付箋が渡される。二票以上得た絵が残され、再びお見合いである。

「では順番に大賞を推して下さい」

この瞬間である。審査員と目の前の絵との間に本日最大の火花が交わされるのは。 支持する絵によって、自分も審査されるのだ。他の三人の審査員に。 そして応募者全員に。

まず本江氏と遠藤氏が町田結香氏を推す。隣りの絹谷氏がポップの菊谷達史氏を推す気配である。
「これ、一発屋じゃないの?」と牽制すると、「賞とは一発屋のためにある」「そう、毀誉褒貶は大賞 作品の勲章だからね」てなやりとり。

小生、進行係なので自分の意見は後まわし。二人の支持を得た町田作品をよく見ると、素描力は なかなかのものである。難しい手の描写も見事だ。
口をゆがめたあたりに、不安の表情がにじむ。 震災後の今の空気にぴたりだ。
福島万里子氏の表現力にも引かれたが、結局絹谷氏も同意して、 ほぼ全員の同意を得て、大賞作品は町田結香氏に決まった。

奇怪でユーモラスな宝珠戸祥穂氏の「接吻」には唖然とした。
本郷伸彦氏のくもの巣の絵に繊細な 感性を見る。
桜井幸造氏の顔と服の朱にかつての自分の絵を思い出した。こんなにパンチ力は無かったが。

審査員 絹谷 幸二(画家・東京藝術大学名誉教授・大阪芸術大学教授)

毎年、審査に参加していますが年々レベルが上がっており、入選すら大変むずかしい状態と なっている様です。
それだけに、各人の絵に対する熱意が強まっていて、選んでいる私共審査員が絵の作品群 から選ばれているという、その様な思いの中で審査させていただいています。

大賞の町田結香さんの「つながるということ」は現代の若者が共用する社会やサークルの 中での不安や、「つながる」ことの大切さをあや取りをする少女の中に表現していて審査員一同の 共感を得ました。

優秀賞の福島万里子さんは卓越した写実力がみごとであり、菊谷達史さんの作はほのぼのと した情感が現代的に表現されています。

絹谷賞の李在光さんの絵は車中の人々の群集の中での孤独な一面を無言劇の様に独自の 画法で描ききっていて優秀です。

国際展賞の宝珠戸さん、東京都知事賞の本郷さんも、それぞれに不思議な世界を描いています。

出品した画友の皆さんの今後共、益々画中に賛のある絵を描かれます様、願っています。

審査員 本江 邦夫(美術評論家・多摩美術大学教授)

両義的な真実

グランプリ作品には、やはりそれなりの華やぎが欲しいと常日頃思っている私からすると、 今回の町田結香(まだ19歳!とのこと)さんの受賞はかなり意外なものでした。
しかし 具象であれ、時代の実相を映し出す鏡という、絵画本来の在り方にまで立ち戻って考えて みると、これ以外にグランプリは無いようにも思えてきます。

なぜなら、ここにはとりわけ 大震災以後の、複雑怪奇な状況下、相反する価値観をかかえながらも互いに「つながる」 ことを受け入れざるを得ない私たちのまさに両義的な真実が、細く引き伸ばされた耳たぶに 太い糸か紐を通され、がんじがらめにされた、目の焦点も定まらない異様な少女のかたち、 つまりアレゴリー(寓意像)として表現されているからです。
盛り上がった絵具がかさぶたの ように見えることにも注意してください。ここにあるのは、けっして美しいとは言えない 現代の、本当の「私」、いや「私たち」なのです。

宝珠戸祥穂さんの描く、悪の化身のような蛇に巻きつかれ、赤い薔薇のかたちをした 「接吻」を受け入れざるをえない、木と一体となった娘にしても、これをある種の元型的な 人物と見るべきでしょう。

こうした両義性、いやむしろ不分明さは、卓抜な描写力で室内の人物を描いてみせた 福島万里子さんの、海辺とフラミンゴとホテルが何の脈絡もなくいきなり「つながる」画面にも 見ることができます(右手の紐にも注目すること)。

一方で本郷伸彦さんは、先の見えない、 両義的な時代の停滞を「拡大路線の終焉」として、蜘蛛の巣に捕われた紅葉と舞い落ちる 一万円札に託して隠喩的に表現しています。

まことに重苦しい時代です。菊谷達史さんの描く少年の軽やかであるべき跳躍が地に 張りついたようにならざるをえず、菊池麻友子さんの不動であるべき家並みが、強い夏の 日差しを受けたとはいえ、どこかレントゲン写真のように透きとおり、妙に美しく、しかし 脆弱に見えるのも実に不安なことです。

審査員 遠藤 彰子(画家・武蔵野美術大学教授)

子どもの絵は、子どもの時にしか描けないと言われています。私はこの意見に同意しつつも、 多少の違和感を感じるのは、大人になってからも、その時のその絵はその時にしか描けない ということを実感しているからです。

私が考える「その時にしか描けない作品」とは、後からみつめなおした時に、自分が恥ずかしく なるような作品のことだと思います。真剣に取り組んでいたからこそ恥ずかしい。最高傑作が 描けたと自信を持っていたからこそ恥ずかしい。数年後、今回の作品をそう感じられた人は、 とても幸せだと思います。作品を通して、成長した自分がそこにいる訳ですから。

私は、日頃から少し青臭いぐらいの作品が丁度良いと思っています。もちろん、それが大人 と呼ばれる人達の作品であってもです。そこには完成された芸術にはない、きらめきを感じる ことが出来るからです。

今回の大賞、町田結香さんの作品は、現代人の抱える漠然とした不安と、作家の生理的な フェティシズムのようなものと、その時にしか描けないであろう不安定な要素が、上手く噛み 合った結果のように思えました。グロテスクなものを胸元に突きつけられるような感覚も ありながら、どこかコミカルな表現は、発展途上中である危うさも孕んでいるからこそ、魅力的な 作品として映るのだと感じます。

優秀賞の菊谷達史さんの作品は、写真から切りとってきたような人の形に、ポップなキャラクター を重ね、物理的な絵の具の層によって視覚的なレイヤー構造を際立たせています。写真と ポップな感覚がレイヤーによって融合したような面白さがあり、もっと色々なバリエーションで 見てみたいと思いました。

遠藤彰子賞の松下広樹さんの作品は、色と色とが繊細に混ざり合う美しいタッチで、コミカルな 世界観を造り出しています。この繊細なタッチが、引きで見るとスモークがかった古びたような 空間を演出し、作品の雰囲気と良く合っています。

選外になってしまった作品の中にも、良作は多数ありました。次回以降もエッジの効いた作品 が現れることを期待しています。

 


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