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第5回世界絵画大賞展

■ 審査員のことば ■

   審査員長 佐々木豊(画家)

吉行鮎子―構図の勝利」

福島万里子氏の「熱帯夜ハート」で今回の大賞は決まり、と思っていた。しかし、そうはならなかった。 審査には流れというものがある。

各審査員に三枚の付箋が渡された。これから上位の受賞作を決めようというのだ。

ためらわずにまず、福島作品に貼った。吉行鮎子「生きモノ」にはすでに一枚貼られている。ダブり OKなので貼る。桂典子氏の「幕の内弁当」にも貼る。この絵にもすでに一枚貼られている。「熱帯夜 ハート」にも当然、誰かが貼っているにちがいない、とふり返ると、私の一枚のみだ。

貼ってある絵が一ヶ所に集められた。十点ほどある。ここで、話し合いで大賞を決めようということに なった。この時、こう切り出すべきだった。私は進行役をやっていたのだから。

「今、貼ってある付箋をはがして、新しい目で大賞を推すのはいかが?」と。

たしか、昨年関わったほかのコンクールでは、審査員の一人からそのような発言があって、大賞が 決められたのだった。しかし、ここでは誰からもそのような発言はなく、言いそびれているうちに 誰かが「四人のうち、二人の支持があるのだから、この三点のうちからだね。」と言った。こう言われる と、確かにそうである。しかし、反論の余地はある。「私は今、単なる上位入賞候補として付箋を貼った のだから」と。でもこれは、審査が終ってから考えた理屈である。

流れにまかせたのは、私が大賞になった吉行鮎子作品も好きだったこともある。

大胆な人物の断ち落し、遠景の小さな動物、草原の広がり、遠近法を誇張して迫力がある。 構図の勝利だ。

優秀賞の桂氏と佐々木賞の近藤愛氏は共に、いつか私の命名した女流特有の「編みもの派」だ。 ご馳走に目をつけた桂氏の狙いどころとユーモアに脱帽。近藤氏には濃密さがある。 東京都知事賞の福島氏はしつこさが魅力。この表現力は大したものだ。どんな人なんだろう?

   審査員 絹谷幸二(画家)

「絵は心の鏡」―第6回世界絵画大賞展によせて

第6回目を向えて、世界絵画大賞展には数多くの力作が搬入された。審査にあたり入落入賞を 決めるのは審査員が皆さんの作品に審査されている様でもあり、双眼を見開き、全神経を 集中させて審査をした。

入選点数の関係上、おしくも落選したお作の中にも、きらりと光るものも多数みうけられた。 次回の作品を期待したいと思う。

さて、本展は年々作品の全体のレベルが上がっている様だ。しかし、作家個人の制作スタイルは ベテランほどマンネリが忍び寄っている様で、良くは描かれているが新発見にとぼしく、新鮮さに 輝きを消失しているものもあった。
絵画は伝統に学びながらも、その重さにとらわれず、明日に向って自由で自在な翼を持つべき なのだろう。他に類例をみない個性が求められる所だ。

大賞を授けた吉行鮎子さんの「生きモノ」は、草原に新涼が吹き抜け、新しい息づかいと詩的な 感性が感じられる秀作だといえる。

優秀賞の池田一幸さんの顔を大きく上向きにした独自のポーズは大胆だし、桂典子さんの作品 は描き込まれた筆先に食べちらかす人間への批判だろうか、ユーモアにそえられて独得なものが ある。

都知事賞の福島万里子さんは確かな技量を持ち、都会になじむ女性の姿を熱く描いた優秀な 作品となっている。

絹谷賞の五十嵐藍さんは、茲味あふれる色彩感覚と自在な図像で平面の世界を自由に描き 切った作品だといえる。今後の発展を望む所だ。

又、佐々木賞の近藤さん、遠藤賞の山口さん、本江賞の金子さんはそれぞれに丁寧に描き込ま れて優作であると思う。国際展賞の須ア守人さんの「夜明け」は、日頃見なれている都会の片隅 をさりげなく描き、人通りもない夜明けの街に新鮮な空気を感じている作者の気持が、その風景と 会いましてすがすがしいものだと言える。

絵は描く人の心を素直に写す合わせ鏡だとも言える。心の働きを鍛えて、増々の画人としての ご精進を願う所だ。

   審査員 本江邦夫(美術評論家・府中市美術館館長・多摩美術大学教授)

冷徹なまなざし

かつてない酷暑の夏のせいか、今回は極端に出品作が減り、したがて秀作同士の頂上決戦も例年ほどの厳しさは無かったように思います。

それでも大賞となった吉行鮎子さんの「生きモノ」は、よく見るとアンドロイドのごとき、ヒトともモノともつかぬ人物を前景に迫り出させ、遠景に十分に気を配りつつ、どこかメタリックな冷徹なまなざしで描き抜いたところがなかなか非凡です。

同じような冷徹さは池田一幸さんの「La marque de la brise」(微風の痕跡―でもなぜこの題名?)の極端に歪められた裸婦に、また桂典子さんの、幕の内弁当のおかずをおかしくも、怖ろしくも擬人化した見事な手つきにも見ることができます。

こうした冷徹なまなざしは、裏を返すと、目下の社会状況の見通しの悪い混迷ぶりの屈折した反映と言えるかもしれません。だからこそ、福島万里子さんの大都会の夜を謳歌する女性には絶望のかすかな影がさし、近藤愛さんのイメージの密集した、楽しくあるべき「夜のサーカス」の一隅を死者のごとき黒い人たちが行進しているのです。

だからこそ、五十嵐藍さんの「イルカショー」にしても、異様なまでに錯綜した画面において主役のイルカは実にはかない存在であり、山口裕子さんのすべてが判然としない化け物じみた人物に何を問いかけても「それはひみつ」の答えしか返ってこないのです。

抽象表現が皆無に近いのは昨今の公募展の大きな特徴です。金子真理絵さんの黄と青を基調とした精妙な有機的なフォルムの集積にしても、実は「曇り」の表現です。その一方で、一見したところまことに具象的な須崎守人さんの、朝日を浴びた家屋の描写の際立ちを根底から支えているのは、その冷徹なまでの抽象的なまなざしなのではないでしょうか。絵画とはつくづく奥深いものと思わざるをえません。

   審査員 遠藤彰子(画家・武蔵野美術大学教授)

審査を終えて

大賞の吉行鮎子氏の「生きモノ」を見た瞬間、「蛇足」を「蛇ではない」と否定するのではなく、足の 生えた別の「生きモノ」として楽しんでいるかのような印象を受けた。偶然ではなく必然的に配置された かのように描かれた対象は、不均等なバランス感覚のまま画面の中で静止し、一般的な意味での シュールとは違ったインパクトがあるように感じられた。今後の活躍に期待したい。

優秀賞の池田一幸氏の「La marque de la brise」もまた奇妙な作品である。女性のフォルムとして の美しさを感じさせる部分と良くも悪くも「普通だったらこうは描かないだろう・・・」という約束事に 囚われていない部分があり、この二つのアンバランスな関係性が魅力として伝わってきた。
原石としての可能性を感じさせる作品である。

優秀賞の桂典子氏の「幕の内弁当」は、ユニークでありながら、現実をも透視しているかのような 不思議な作品である。一見、楽しいような、恐ろしいような世界観ではあるが、ふと、生き物が 「食べる/食べられる」の関係でつながっていることに気づかされる。絵画としての完成度の高さ にも好感を持った。

遠藤彰子賞の山口裕子氏の作品は、伝統的な日本画の持つ魅力と現代的な感覚が見事に 融合されている。具体的でありながら、幻想性を感じさせ、大気や湿度といった「肌」で感じる感覚 が、視覚を通して伝わってくるような不思議な魅力があった。色彩も美しく好感を持った。

前回と比べると、応募者全体のレベルは上がっており、誰が入選してもおかしくないような状況で あった。惜しくも選外となってしまった作品にも良作はたくさんあったことを記しておきたい。しかし、 賞の受賞者の選考は難航し、なかなか票が纏まらなかった。クオリティの高さに加え、独自性と いうものが今後の課題のように思える。今後も期待したい。


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